薬にまつわるエトセトラ 公開日:2016.03.04更新日:2023.03.03 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

製薬企業で活躍する薬剤師

薬剤師の勤務先として、最も多いのは当然薬局、次いで病院・診療所です。ではその次はというと、製薬企業に勤務している人が多いようです。厚生労働省の統計(平成26年)によれば、薬剤師総数288,151人のうち、医薬品関連の企業に務める人は43,608人、うち医薬品製造販売業・製造業に従事する者が30,762人、医薬品販売業に従事する者が12,846人だそうです。薬剤師の約15%が医薬品関連企業で働き、約11%が製薬企業に籍をおいている計算です。

製薬企業で働く薬剤師といっても、その仕事内容はいろいろです。筆者もかつて製薬企業に勤務していたので、さまざまな部署で活躍する薬剤師を見てきました。営業職、いわゆるMRもそのひとつです。

MRになるのに薬剤師資格が必須というわけではもちろんなく、筆者のいた会社では文系・理系出身者が半々程度であったと記憶しています。しかし、MRは医師などに対して医薬に関する専門知識を提供する立場ですから、ベースとなる知識をしっかり持っている薬剤師が、採用の際に有利なのは当然です。

もちろん薬剤師資格保有者となれば、医師からの信頼度も違ってくるので、業務上も何かと有利に働きます。というわけで、内定式の際にMR採用予定者たちには「ちゃんと薬剤師の試験、合格してきてね!」と、人事担当者がずいぶん発破をかけていたことを思い出します。

1997年からはMRの質を担保するため、製薬業界で「MR認定試験」が実施されるようになりました。「医薬品情報」「疾病と治療」「医薬概論」の3科目の試験を受けて、全てに合格しないと認定証が授与されません(認定試験に合格しないとMRとして働けないというわけではありませんが、社内評価などに響くことはあるようです)。しかし薬剤師には、認定試験のうち「医薬品情報」と「疾病と治療」が免除されることになっています(※医師、歯科医師も同様)。薬剤師資格に対する信頼度は、やはり高いのです。

ただし最近ではMRという仕事は流動性が高くなり、特に凄腕の人材は外資系企業などにどんどんハンティングされるケースが増えてきました。こうした転職の際には、薬剤師資格はプラスポイントにはなるものの、切り札となるほど重視されるわけではないようです。一から新人をMRとして育てる場合には、医薬品に関する基礎知識をしっかり持っていることが有利になりますが、即戦力として移籍する場合には、それまでの経験と実績の方が大きくものをいうということでしょう。

一方、薬剤師資格が必須の業務もあります。「総括製造販売責任者」と呼ばれるポジションがそれです。医薬品の安全・品質を確保する部署を統括するという、重い責任を負う立場です。これ以外にも、安全や品質管理に関わる部署には、薬剤師が数多く活躍しています。企業の中で、薬剤師としての知識を最も活かせるポジションといえるかもしれません。

では、医薬品創出を担う研究部門ではどうか? これも薬剤師資格や、薬学部出身であることが必須ではなく、理学部や工学部の出身者も多数在籍しています。医薬のことをまるで知らない状態で入ってきて、薬の研究などできるのかと思われそうですが、そうした人のほうが多いのが実際のところです。

この話をするとたいてい驚かれますが、筆者が製薬企業の研究所に勤務していた約13年の間に、医薬の錠剤やカプセルに触れたことは一度もありません。研究者が取り扱うのは、フラスコに入った化合物や試験に用いる細胞などであり、最終的な製品の姿をした「医薬」を目の当たりにする機会はまずないのです。というわけで、薬剤の知識がなくとも研究に携わることは十分に可能です。

しかし筆者が入社した約20年前には、かなりの数の薬剤師資格保有者が研究に従事していました。彼らが身につけていた医薬に対する体系的な知識は、やはり研究の場においても、大きなアドバンテージであったと思います。理学部出身で、最初は右も左もわからぬ状態であった筆者など、こんなことなら薬学部に行っておくのだったとずいぶん後悔したものです。

しかし薬学部6年制がスタートしてからは、研究者と薬剤師の志望者がはっきり分かれるようになりましたので、製薬企業の研究所からは薬剤師の数が減少の一途にあります。研究部門の求人が絞られつつある傾向も、これに拍車をかけています。

医薬の何たるかを知らない研究者の割合が増えていくことは、筆者には決して良いこととは思えません。その結果がどうなっていくのか、10年もすればはっきり見えてくるのではないでしょうか。

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。
『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。
『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

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