ママ・パパ薬剤師の本音 ママ・パパ薬剤師の本音

アメリカから帰国した蓬原さんは、2人の子どもを持つママ薬剤師。世界で売上トップ3に入る外資製薬会社を辞め、日本で薬剤師をしながら、ご夫君と子育てやオフの時間を楽しんでいます。ワークライフバランスを意識して仕事も家庭も大事に暮らしたい方や、海外薬局事情に興味がある方、必見のコラムです。

Vol.1
薬剤師の資格を活かして、仕事もプライベートも充実させたい

娘たちと一緒に

初めまして、今月からコラム連載を書かせていただく蓬原奈々(ふつはら なな)と申します。よろしくお願いいたします。
国内メーカーから転職し、外資系製薬会社で市販後調査担当社員として働いていましたが、長女の出産を機に退職しました。夫の仕事の都合で海外勤務になったり、紆余曲折を経て、私は今、自宅から自転車で15分の調剤薬局で週2回午前中だけ働いています。以前働いていた企業では当時、出産後に仕事を続ける女性も一定数いたものの、帝王切開の数日前まで出勤していたり、復職後に深夜まで残業する部署に配属される中で働き続けている状況でした。
私は、それは自分が目指す生活ではない、せっかくの子どもとの時間を大事にしたいと思い、退職を決めました。その決断に際してはもちろん、薬剤師の資格を持っていることが大きく影響したと思います。
薬剤師はブランクがあっても、再就職や転職が可能な資格ですし、身体を壊すような働き方をしないでいい職場もたくさんあります。

上の子が1歳半を過ぎた頃、私は子どもの預け先と仕事を探し、調剤薬局で働き始めました。
週2回午前中だけの勤務です。10年以上フルタイムで働いた経験のある私は週2回の勤務を甘くみていました。子どもを預け先に送迎するためと通勤のために、ペーパードライバーを返上することも決め、主人に助手席に座ってもらって、運転と駐車の練習もして準備万端のつもりでした。

余裕だと思った週2回勤務、ところが……

パパと初めての海。怖い…

ところが、子どもがいると予想以上に大苦戦。まず、出勤前の支度に四苦八苦。私が急いでいても、子どもはマイペースで全く急いでくれません。おもちゃのクルマに乗っている子どもの口に食事を詰め込み、さらに逃げ回る子供を着替えさせるのは一苦労。薬局での仕事より出勤前の支度の方が大変だと本気で思いました。
また、小さな子はすぐ病気にかかります。週2回勤務の前日の夕方に限って熱を出したり、水痘にかかったりします。病気の子を預かってくれる所も見つけられず、電車で2時間かかる私の母に駆けつけてもらったことも数回ありました。勤務前日の夕方に熱を出されると、思わず「どうして今日なの……」と思ったものです。

そんな状況でしたが、薬局での時間は私にとって大切な自分の時間でした。家では、ほぼすべてが1歳の子のペースで進んでいきますが、薬局では自分のペースで仕事を進めることができます。
また、預け先に迎えに行くと、子どもは最高の笑顔で私に飛びついてきました。たった数時間離れていただけなのに、私も子どものことがとても可愛く思えました。子どものことを考えても、復職して良かったなと思います。
先生やお友達にも恵まれ、運動会などのイベントもあり、子どもにとっても貴重な経験になったと信じています。

プライベートでは、夫が単身赴任になったり大変なこともありましたが、当時住んでいた社宅には子育ての先輩や仲間が沢山いて、色々と助けてもらいました。
休みの日に子どもを喜ばせようとディズニーランドへ行きミッキーマウスに会うために長時間待ったったところ、子どもがミッキーマウスを間近で見て号泣したのもいい思い出です。ちなみにミッキーマウスの頭が大きすぎて恐かったそうです。
ミッキーマウスにも適齢期がありますね。
次回はアメリカで体験した薬局事情についてお話します。

>>薬剤師の年収事情 調剤薬局編を見てみる

蓬原奈々(ふつはらなな)

1975年生まれ。東京薬科大学を卒業後、国内屈指のメーカーに就職。ファイザー株式会社社員を経て、調剤薬局勤務に。ご夫君の米国勤務に同行し、いわゆる「駐在員の妻」として驚きの現実も体験。帰国後薬剤師の資格を活かして再就職。4人家族で暮らす中学生と小学生の2人の女の子のママ。ペンネームは有名な肉まん屋さんから。

蓬原奈々(ふつはらなな)

1975年生まれ。東京薬科大学を卒業後、国内屈指のメーカーに就職。ファイザー株式会社社員を経て、調剤薬局勤務に。ご夫君の米国勤務に同行し、いわゆる「駐在員の妻」として驚きの現実も体験。帰国後薬剤師の資格を活かして再就職。4人家族で暮らす中学生と小学生の2人の女の子のママ。ペンネームは有名な肉まん屋さんから。

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