映画・ドラマ

公開日:2016.08.23更新日:2016.08.22 映画・ドラマ

「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。

vol.9 「シッコ」(2007年・アメリカ)

超大国なのに保険充実度は、なんと先進国中最下位のアメリカ!! 先進国で唯一、‟国民健康保険”が存在しないアメリカでは、国民の6人に1人が無保険。毎年1.8万人が、医療費を払えないために治療を受けられずに死んでいく。しかし『シッコ』は保険に入っている人々についての映画である。
「医療保険に入っているなら、医療費には困らないでしょ?」と思うのは大きな間違い。 問題は、アメリカの医療保険システム! 大きな矛盾を抱えたこのシステムにより、人々は高い保険料を払っていても、一度、大病を患えば治療費が支払えずに病死か破産を迎えるしかないのだ。
「こんな医療制度はビョーキ(Sicko)だ!!」マイケル・ムーアがほえると医療業界はたちまち厳戒態勢に!! ただちに「マイケル・ムーア対策マニュアル」を制作?! 全国の支社に緘口令を発令!!
過激なアポなし突撃取材でアメリカの医療問題に真っ向から切り込む、衝撃のドキュメンタリー作品。

アメリカの医療保険制度に関する実態を描いたドキュメンタリー作品です。日本に暮らす私にとっては、「健康保険があるから医療費は一部負担で済むのが当然」という認識でしたが、作品でアメリカの現実を目の当たりにして、「これは実際に起きている話なの?」と心の底から驚きました。

 

作中では、医療を通じてとんでもない目にあった人たちの体験談が、鬼才マイケル・ムーア監督によって次々と紹介されていきます。仕事中に誤って指を2本切断し、「接合手術の費用は薬指1万2千ドル、中指6万ドル」と言われて中指を諦めた人。意識不明で救急車で運ばれたのに、「救急車を使用する事前連絡がなかった」という理由で保険が下りなかった人。中には、保険会社が支払ってくれないためにせっかく適合した骨髄の移植が受けられず、最愛の夫を失ってしまった女性の話も。耳を疑いたくなるようなエピソードは、ここで挙げたらきりがありません。コメディ要素を交えてユーモラスに描かれているものの、普通に暮らす人々が陥った境遇は本当に気の毒で、自分の身にこんなことが起きたら……と考えると血の気がひく思いでした。

 

全国民向けの公的医療保険がないアメリカでは、民間の保険会社が医療費負担の鍵を握っています。保険料が非常に高いうえに、なにかと理由をつけて保険適用外とするケースが非常に多く、医療費が元凶となった悲劇がアメリカでは日常的に起きていることが、作品を通じて伝わってきます。病気が人を死に至らしめるのではなく、保険会社の介入や高額すぎる医療費が死期を早めているのでは……とさえ思ってしまいました。

 

ムーア監督は、アメリカだけではなく、カナダやイギリス、フランスにも向かいます。医療保険制度の先進国であるこれらの国では、治療費は基本的にかからないのが当たり前。特にフランスでは仕事を休んだ分の補償費用まで受け取れるのには驚きです。もっとも、充実した医療制度には財政の問題がつきまといますし、手術を受けるまでに9~10ヵ月も待たされるなど、適切な医療サービスが受けられないケースもあるようです。医療保険制度は一体どうあるべきなのか、どんどんわからなくなってしまいます。

 

薬に関するエピソードも登場します。やはり医療保険制度が充実しているキューバを訪ねたムーア監督の一行。アメリカでは120ドルで売られている薬が5セントで売られていることに衝撃を受けるシーンがあります。アメリカには日本のように薬価基準がなく、製薬会社が値段を自由に決めることができるので、薬価が非常に高くなり、その支払いに苦しんでいる方も多いのです。医薬品を扱う薬剤師の方にとっては、こうしたエピソードも気になるところかもしれません。

 

さて、ムーア監督が問題提起したアメリカの医療保険事情は、その後どうなったのでしょうか。2010年にオバマ大統領によって医療保険制度改革(通称『オバマケア』)が掲げられ、2014年には、すべての国民に医療保険に加入することが義務づけられました。おかげで無保険者は減少しましたが、「国民皆保険」を国ではなく民間の保険会社に委ねたために保険料がさらに値上がりするなど、新たな混乱も起きているようです。

 

アメリカの医療保険制度への驚きは隠せないものの、マイケル・ムーア監督ならではブラックコメディタッチのおかげで、比較的冷静に鑑賞することができました。アメリカの状況とは異なりますが、日本でも国の医療費負担は逼迫しており、医療保険制度問題は今後避けて通れない問題です。グローバルな視点で医療保険制度について知ることができるこちらの作品は、医療従事者なら一度は見ておいたほうがいいといえるでしょう。

 

坂口 千絵(さかぐち ちえ)

看護師/カウンセラー/ライフコーチ/セミナー講師/WEBライター
看護師歴20年。カウンセリング、コーチングなど、さまざまな資格を活かして人々の悩みに寄り添い、問題解決へと導く個人セッションを行っている。
医療現場で長年、多職種と共に勤めた経験などを活かしながら、現在はカウンセラーやセミナー講師としても活動中。

HP:http://infinity-space.jimdo.com/

ブログ:http://ameblo.jp/counselor-chisa/

坂口 千絵(さかぐち ちえ)

看護師/カウンセラー/ライフコーチ/セミナー講師/WEBライター
看護師歴20年。カウンセリング、コーチングなど、さまざまな資格を活かして人々の悩みに寄り添い、問題解決へと導く個人セッションを行っている。
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