薬剤師の早わかり法律講座 公開日:2016.09.16 薬剤師の早わかり法律講座

法律とは切っても切れない薬剤師の仕事。自信を持って働くためにも、仕事に関わる基本的な知識は身につけておきたいですね。薬剤師であり、現在は弁護士として活躍中の赤羽根秀宜先生が、法律についてわかりやすく解説するコラムです。

第9回 調剤ミスで薬剤師が会社から損害賠償を請求されたら?

薬局に勤務している薬剤師が調剤ミスをして、患者さんに健康被害が起きてしまう……。あまり考えたくないことですが、薬剤師として働いていれば起こりうる話です。そのような事態が発生した場合、薬局の開設者である会社がその後の患者さんの対応を行い、損害賠償も会社が支払うのが通常です。しかし、もしかすると会社から「あなたのミスで会社に損害が生じたのだから、患者に支払った損害金はあなたに支払ってもらう」と言われてしまうかもしれません。
このようなとき、薬剤師は会社に損害金を支払わなければならないのでしょうか。

会社は薬剤師に損害金を請求できる!?

調剤過誤を起こしてしまった場合、患者への損害賠償責任は、ミスをしてしまった薬剤師だけではなく、薬局の開設者も民法715条1項に定められる使用者責任等によって負うことになります。ですから、調剤過誤の被害者である患者は、開設者である会社に対しても損害賠償の請求ができます。調剤過誤が起きたときは、会社が患者への対応を行い、損害金も保険を利用して会社が支払うことが多いのではないでしょうか。

もっとも、原因を作ったのは、ミスをした薬剤師です。会社は、ミスをした薬剤師に対し、損害金を支払うよう請求することは可能でしょうか。
先ほど出てきた「民法715条」では、以下のように定められています。

民法
(使用者等の責任)
第七百十五条  ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3  前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

ここで注目していただきたいのは、第3項の「求償権の行使を妨げない」という部分。つまり、会社が肩代わりした損害金を雇用者に請求することを認めているのです。ですから、会社が患者に損害金を支払った場合には、会社は薬剤師に対し、その損害の請求ができる、ということになります。

薬剤師は会社に損害金の全てを払うべきなのか

しかし、従業員である薬剤師は、会社の指揮命令監督を受けて業務を行っており、会社は、従業員である薬剤師の活動を通じて利益を得ています。会社が損害を引き起こす可能性のある労働を従業員に行わせておきながら、一切リスクを取らず、生じた損害をすべて従業員に請求できるとすることは不当であると考えられます。そのため、薬剤師に支払義務があるとしても、全額薬剤師が負担するのは、損害の公平な分担という見地から適当ではありません

この点については、判例で示されています

使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。(最判昭和51年1月8日、最高裁判所民事判例集30巻7号689頁)

上記の判例では、会社から従業員への請求は、“信義則上相当と認められる限度”に減額されることを明らかにしています。ちなみにこの判例は、石油などを運搬するタンクローリーを運転していた運転手が交通事故を起こしたときのもの。使用者は、業務上車両を多数保有しながら対物賠償責任保険及び車両保険に加入しておらず、また、事故は使用者からの特命で臨時的に乗務しているときに起きたものでした。これらを鑑みて、損害の4分の1を限度として賠償及び求償を請求できるとの判決がくだされました。

薬剤師の調剤過誤のケースに話を戻しましょう。ここまでお話してきたことをまとめますと、従業員である薬剤師は、会社から損害賠償請求された場合、支払いに応じなければなりません。しかし、患者に支払った損害の全額を賠償する必要はありません。従業員である薬剤師がどの程度の賠償が必要かの判断要素については、前記の判例が網羅的に示していますので、これらの事情を見て判断することになります。ただし、あくまで総合的な判断になるので、個々の事案によって減額する程度は異なることになります。

薬局で調剤過誤が発生すると、いろいろな方面から法的責任が発生します。今回のコラムでご紹介した事例も、薬剤師である皆さんの身に起こりうることのひとつとして、覚えておいておくとよいかもしれません。

赤羽根 秀宜(あかばね ひでのり)

昭和50年生。中外合同法律事務所所属。
薬剤師の勤務経験がある弁護士として、薬局や地域薬剤師会の顧問を務め、調剤過誤・個人情報保護等医療にかかる問題を多く取り扱う。業界誌等での執筆や講演多数。

赤羽根 秀宜(あかばね ひでのり)

昭和50年生。中外合同法律事務所所属。
薬剤師の勤務経験がある弁護士として、薬局や地域薬剤師会の顧問を務め、調剤過誤・個人情報保護等医療にかかる問題を多く取り扱う。業界誌等での執筆や講演多数。

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