薬にまつわるエトセトラ 公開日:2018.07.05更新日:2023.03.03 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

第45回 世界のメガファーマ 巨大製薬会社トップ3はどんな企業か

 

海外にはいわゆる「メガファーマ」と呼ばれる、巨大な製薬企業が多数存在しています。日本ではトップクラスの武田薬品でさえ世界では19位、アステラス製薬は24位、大塚HDが25位に過ぎません。前回取り上げた武田薬品のシャイアー買収が成立してようやく9位(単純合算)ですから、世界にはまさに巨人と称すべき企業がひしめいていることがわかります(順位は2017年売上ランキングによる)。

もちろん薬剤師のみなさんは、これらメガファーマの名を日常的に耳にしているでしょうが、どういう会社かを知る機会はあまりないと思います。また、買収や再編などで名称の変更もたびたび起きているため、記憶が混乱することもあろうかと思います。そこで今回は、世界トップ3企業についてまとめてみましょう。

ロシュの素顔

2017年に543億6500万ドルを売り上げ、初の世界首位に躍り出たのはロシュです。1896年にフリッツ・ホフマン・ラ・ロシュによって創業された会社で、スイスのバーゼルに本拠を置いています。当初は咳止めシロップやビタミン剤が主力商品でしたが、1950年代にジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系抗不安薬を発売したことで、大きな成功を収めました。

1980年代以降はいち早くバイオ医薬の開発に乗り出し、1990年には世界屈指のバイオベンチャーであったジェネンテックを傘下に収めています(2009年に完全子会社化)。こうした基盤を活かし、ハーセプチン(乳がん・胃がん治療薬)を始めとした抗がん剤のトップメーカーとなっています。業界首位の座を奪取した原動力も、これら各種の抗がん剤でした。

日本市場には、1924年に「エヌ・エス・ワイ合名会社」(後の日本ロシュ)を設立して進出、2002年にはこれと合併する形で中外製薬を傘下に収めています。ただし中外製薬は社名や代表者も変わらず、経営の独立性が保たれたままのM&Aです。

ロシュの現在の主力製品には、リツキサン・ハーセプチン・アバスチン・アレセンサなどの抗がん剤、中外製薬が開発したアクテムラ(リウマチ治療薬)など、有力な抗体医薬がずらりと並びます。ギリアド・サイエンシズ社が開発したタミフル(インフルエンザ治療薬)も、ロシュから発売されています。

 

ファイザーの素顔

2004年以来、長らく業界トップの座を守ってきたのが米国のファイザー社です。2017年の売り上げは525億4600万ドルでした。1849年、ドイツからの移民であるファイザー兄弟が、ニューヨークに設立した「チャールズ・ファイザー&カンパニー」がその起源です。当初は虫下しの薬の販売からスタートし、ヨード剤や樟脳、クエン酸などを主力商品としていました。

このクエン酸生産に用いられた発酵技術は、後にペニシリンやテラマイシンの研究開発に生かされます。これらの優れた医薬によってファイザーは売上を伸ばし、世界的企業への階段を上ってゆきました。

1990年代から、ファイザー社は思い切った買収戦略によって急速に規模を拡大します。2000年には、高脂血症治療薬リピトールを擁するワーナー・ランバート社を892億ドルで買収し、トップ企業への足がかりをつかみました。2003年には消炎鎮痛剤セレブレックスなどを持つファルマシア社、2009年には抗うつ剤エフェクサーなどを販売するワイス社を併合、20年間で規模を約16倍に拡大しています。

大型製品を持つ企業を買収して利益を挙げるこの手法は、「ファイザーモデル」と呼ばれます。ただし、2014年には英国アストラゼネカ社、2016年にはアイルランドのアラガン社に買収を仕掛けたもののいずれも頓挫するなど、その巨大化一辺倒の戦略にも限界がきているとの見方もあります。

 

ノバルティス社の素顔

2017年、491億900万ドルを売り上げて世界第3位に入ったのは、これもスイスのノバルティス社です。19世紀に、いずれも染料会社として創業したチバ社とガイギー社、サンド社の3社がそのルーツです。前二社は1970年に合併してチバガイギーとなり、1996年にはサンド社も合併して新生ノバルティス社が誕生しました。

もともと化学メーカーであった3社がルーツではありますが、現在は化学部門や農薬部門は他社に売却し、ノバルティス本体は医薬品に集中しています。また、現在「サンド」のブランドは、ノバルティス傘下のジェネリック医薬品メーカーが使用しています。

同社は幅広い分野の医薬を手がけていますが、近年ではやはりグリベック(慢性骨髄性白血病などの治療薬)を始めとした抗がん剤が利益を稼ぎ出しています。また、多発性硬化症治療薬ジレニアなども主力製品のひとつです。

ただしノバルティス社は、いわゆる「ディオバン事件」などの不祥事を起こしており、信頼回復は未だ道半ばといった感もあります。歴史と伝統に恥じない体制づくりを期待したいところです。

このようにトップ3社は、歴史も得意分野も三者三様です。他の企業についても、機会があれば取り上げてみたいと思います。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

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