薬にまつわるエトセトラ 公開日:2017.08.03更新日:2023.03.03 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

第34回 「ドラえもん」に登場する、ひみつ薬はできるか?

 

本連載では、最近少々硬いテーマが続いていました。ということで今回は、少々やわらかめの話題を取り上げてみましょう。

「ドラえもん」は、藤子・F・不二雄氏の代表作で、連載開始からほぼ半世紀を経た現在も不動の人気を誇る名作マンガです。四次元ポケットから次々に登場する「ひみつ道具」に、夢中になった方は数多いことでしょう。

このひみつ道具には、薬の形をとっているものがかなり含まれています。その中には、噛むと体内にガスが発生して空を飛べる「ふわふわぐすり」のように、とうてい実現しなさそうなものも多くあります。しかし最近では、実現に近いもの、すでに実現したといっていいものなどもいくつか出てきました。

ドラえもんシリーズの中でも、名作として評判の高い「さようならドラえもん」(コミックス6巻)には、「ねむらなくてもつかれないくすり」が登場します。ドラえもんが未来の世界へ帰る前の最後の一夜を、のび太とドラえもんが夜を徹して語り合うために、この薬を飲むというものです。

名作をぶち壊すようではありますが、これに現在最も近いのは、メタンフェタミンなどの覚醒剤ということになるでしょう。もちろん現在の覚醒剤をこんな目的に使うことはあらゆる意味で問題外ですが、未来の世界においては依存性や各種副作用などが切り離された、安全な薬に進化しているのでしょう。

この眠くならない薬は、同じ6巻に収録された「夜の世界の王様だ」にも登場します。こちらでは、のび太が「夜眠らないで済めば、勉強も遊びも2倍できるから」といってドラえもんにこの薬をせがみます。しかしやがてのび太は、一人で夜に起きていることが空しくなり、暖かいふとんでぐっすり眠ることの素晴らしさに気づくというストーリーです。実際の世界でも、眠くならない薬よりも、健康に眠れる薬のニーズの方が圧倒的に高いのはご存知のとおりです。

ちょっと危ない薬としては「ヘソリンガス」(コミックス25巻収録)もあります。ヘソからこのガスを注入すると、精神的にも肉体的にも全く痛みを感じないようになるのですが、30分でその効果は切れてまた使いたくなってしまい、だんだんのび太の生活が狂っていくというものです。これはいわゆる麻薬そのものでしょう。

ヘソから投与する気体状の薬物などは当然存在しませんが、妙なリアリティと不気味さがあり、子供心にずいぶん恐ろしく感じたものです。薬物乱用の恐ろしさを子供に伝える意図のもと書かれたと思われますが、教育効果は抜群だったというべきでしょう。

性格が変化してしまう薬もいろいろ登場します。やたらにせっかちになる「クイック」と、途方もなくのんきになってしまう「スロー」、性格がまったく逆になってしまう「ジキルハイド」などです。恐怖や不安などを取り除くベンゾジアゼピン系などの抗不安薬や、(副作用としてですが)焦燥感を起こさせる薬などもありますので、ある程度実現している薬といえるでしょうか。

コミックス16巻「お金なんか大きらい!」という話には、「気前のよくなるくすり」が登場します。この薬を飲むと、むやみに人にお金をあげたくなるというもので、のび太は危うく一文無しになりかけます。

そんな薬が実現するわけはないだろうと思ったら、近年これに近い性質の化合物が見つかっています。脳下垂体から分泌されるホルモンの一種である、オキシトシンがそれです。陣痛や母乳の分泌を促す作用があるため、医療の現場でもさまざまに使われています。

このオキシトシンは、信頼感や愛情にも深い関わりを持つことがわかっています。たとえば、オキシトシンを鼻から噴霧の形で投与した上で「信頼ゲーム」というゲームを行なう実験の結果が、2005年の「Nature」誌に掲載されています。それによれば、オキシトシンを投与された被験者は、プラセボ群に比べて投資家役の相手を信用しやすくなり、多額の資金を投じてしまうことがわかりました。まさに「気前のよくなるくすり」としてはたらくわけです。

オキシトシンの作用は複雑であり、単純に誰でもを信頼しやすくなるわけではないとの結果もあります。今後もさらに研究が必要でしょうが、悪用されないか心配になる物質には違いありません。

実現したといえるか微妙なのは、やせる薬「ヤセール」(コミックス44巻)です。もちろん現在でも、食欲中枢にはたらきかけて食欲を抑制するもの、脂肪の分解酵素を阻害して吸収を抑えるものなど、いくつかのタイプが世に出てはいます。しかしその多くは、極度の肥満症の人が、厳密な医師によるコントロールの下で用いなければならず、効果も不十分なものが多いのが現状です。過剰摂取などの問題も出てきそうで難しそうですが、安全で有効なものが出てほしいところです。

ドラえもんに登場する薬はまだいくつもあります。今後、夢の薬はいったいいくつ実現するでしょうか。

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

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