薬にまつわるエトセトラ 公開日:2016.06.03更新日:2024.01.16 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

「効果なし」とは言い切れないから難しい“水素水”ブーム

ウェブや雑誌の広告などで、「水素水」の文字を目にする機会が増えてきました。DNAや脂質など、重要な分子を破壊する活性酸素を消してくれるというのが、水素水の売り文句であるようです。大手飲料メーカーや日本を代表する家電メーカーも水素水商戦に参入するなど、ブームは広がりを見せています。

しかし最近、科学者などから「水素水はニセ科学であり、効果は期待できない」といった批判の声が次々と上がっています。批判の論点は、おおむね次のようなところです(なお、水素関連商品にもいろいろありますが、ここでは水素ガスを水に溶かした「水素水」に絞ることにしましょう)。

  • (1)水素は水にほとんど溶けない気体であり、水素水を飲んでも摂取できる水素は極めて少ない
  • (2)水素は小さな分子なので、パッケージの分子の隙間から抜けていってしまう
  • (3)人体には、水素を利用するメカニズムの存在は知られていない
  • (4)抗酸化作用があるとしても、それが健康増進につながるという証拠はない

(2)については、水素を逃がさないパッケージのものも増えていますが、大筋で筆者もこれらに賛成です。もしどうしても抗酸化物質を摂りたいなら、ビタミンCでも飲む方が水素水などよりよほど確かでしょう。こちらは水に溶けて吸収もされ、活性酸素消去作用の裏づけもしっかりしています。

ただし、メカニズムが不明でも効果がある医薬などはいくつもありますから、これだけでは「水素水に効果などあるはずがない」と断じ去ることはできません。

では水素水を飲むことで、何らか健康につながるという証拠はあるのでしょうか? すでにその効果に関して300報以上の論文が出版されていますが、細胞レベル、動物レベルの実験にとどまっているものが多いのが現状です。様々な疾患に対する、人体での臨床試験も行われていますが、例数が少ないもの、二重盲検でないものが多く、きちんとしたエビデンスがあるとはとてもいえません。とはいえ、「効果を裏づける論文」といえるものが、一応存在はしているわけです。

また、水素ガスを患者に吸引させ、心肺停止後の脳のダメージを抑えるといった研究も行われています。これなどは、水素水でなく濃度の高い水素ガスを直接吸わせる方法であり、メカニズム的に考えてもありうると思える話です。

このような、れっきとした科学研究といえるものから、どう考えてもニセ科学としかいいようがないものまで、地続きにつながっているのが水素医療の現状です。市販の水素水にはほとんど効果を期待すべきでないと筆者も思いますが、なかなか簡単に「水素水=ニセ科学」と斬って捨てられないのがややこしいところです。

また、「他にもグレーゾーンの健康食品やサプリは少なくないのに、なぜ水素水にばかり目くじらを立てるのか」という意見も目にします。たとえプラセボ程度の効果しかなくても、ユーザーがそれで満足しているならいいではないか、というものです。これについても筆者は、全面的に否定はしません。効果について質問を受けた場合には、みなさんにも薬剤師の立場からきちんと現状を説明してほしいとは思いますが……

ただ、飲用の水素水とは別に筆者が気になっている商品として、「水素バス」というものがあります。水素発生剤の入った袋を風呂に投入し、化学反応によってできる水素の泡を浴びながら入浴するというものだそうです。

しかし、水素には引火性・爆発性があります。小中学校の理科の実験などでは数十mL程度の水素を発生させるだけですが、これが爆発して事故になったケースがいくつも報告されています。しかし「水素バス」のパッケージに書いてあるところによれば、この商品は約18Lの水素を発生するということです。水素は軽い気体なので思わぬところに溜まり、火花などで着火することもありますから、相当にリスクが大きいのではないでしょうか。

筆者が見かけた2種の「水素バス」のパッケージには、いずれも火気厳禁などの文字はなく、換気を促す注意書きがない商品もありました。そしてあるドラッグストアでは、よりによってアロマキャンドルと水素バスを並べて「おすすめ商品」として売り出していました。このような売り方では、事故の発生を促しているも同然でしょう。何かあれば、店や薬剤師の信頼にも関わる問題と思います。水素バスには強アルカリを使っている製品もありますし、かなり発熱もしますので、火傷や目の損傷といった危険性も考えなくてはなりません。

ブームであり、注目を集める製品だからこそ、何かあれば売る側の信頼を大きく損なうことにもつながります。薬剤師のみなさんには、少しでもその内容について立ち止まって考えてみていただければと思います。

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。
『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。
『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

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