”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 公開日:2016.10.28更新日:2024.01.17 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!

第17回 陰陽学説~陰陽のバランスを崩すと病気に(5)虚熱証

陰陽が増えたり減ったりした場合~熱い人について(2)~

陰陽のバランスの崩し方について、前回は「実熱証」についてお話ししましたね。今回は、同じ「身体が熱く感じる状態(熱証)」でも、「赤線に達せず、“陰が不足している”パターン=虚熱証(きょねつしょう)」について学んでいきましょう。

「陰が赤線に達していないパターン」は「虚熱証」

④のイラストを見てみましょう。陽は赤線まであって正常な状態ですが、陰は赤線に達しておらず不足しています。

邪気が旺盛で、正気が不足していない状態=実証
正気が不足して、邪気はない状態=虚証

なので、④は虚証です。

④は正常状態に比べて、陰が不足している状態(陰虚:いんきょ)です。健康状態においての陽は「身体を温めるエネルギー」、陰は「陽によりオーバーヒートしないよう、身体に潤いを与える冷却水」です。
“身体にとって必要な潤い=陰”が不足していると、“陰(冷却水)”が“陽(火)”を抑えきれず、『不足(虚)による熱』が表れます。

④は“虚証”かつ“熱証”なので、中医学では、
【虚証】+【熱証】=【虚熱証(きょねつしょう)】といいます。
あるいは、単に【陰虚証(いんきょしょう)】と言います。

熱い状態なので冷ませばよいのですが、同じ熱証でも、前回の陽が旺盛な「実熱」と、陰が不足した今回の「虚熱」では、治療法がまったく異なります。

前回お話しした、中医学の治療における大原則、
「不足(虚)を補い、過剰(実)を瀉す(しゃす)」
をおさらいしましょう。「多ければ取り除く、少なければ補う」でしたね。
今回の「虚熱証」にあてはめれば、「足りない陰を補う」のが治療方針になります。(→第16回 陰陽学説~陰陽のバランスを崩すと病気に(4)実熱証

虚熱証の例

陰は、夜更かし・睡眠不足・慢性病・過度な発汗・加齢・下痢・嘔吐・房室過多(セックスし過ぎ)などによって消耗され、陰虚が進行します。特に、加齢と夜更かしは、陰虚の進行に最も大きく影響します。
陰虚は単純な水分不足ではなく、水を飲めば治るものではありません。もっと深い身体の渇きと表現していいかもしれません。

身近な虚熱証の例では、女性の更年期障害のホットフラッシュ・肺結核・糖尿病・ドライシンドローム※1・空咳・寝汗・脳卒中・不妊症などが挙げられます。これらは100%陰虚が原因というわけではありませんが、陰虚が比較的関係しやすいものです。

空咳や潮熱(ちょうねつ)※2など、陰虚による様々な症状は、夜(陰の時間)に悪化する傾向にあります。これは人体の陰陽と自然界の陰陽のバランスが関係しています。また、顔全体が赤くなる実熱と違い、虚熱は頬骨の辺りだけが赤くなるのが特徴です。どの症状・疾病も、全身の潤い不足と虚熱症状が目立ちます。

そのほか、身体がやせる・五心煩熱(手のひらや足の裏に熱感があり心煩を伴うこと)・微熱・不眠・尿の色が濃く小尿・大便乾燥・舌紅・舌の苔が少ない・舌が乾燥気味・裂紋(舌に亀裂の様な文様)・脈細数などが挙げられます。

虚熱証の治し方

陰が不足したことにより相対的に陽が多くなり、これが『不足(虚)による熱=虚熱』として全身症状に現れますので、治療法は、「水(陰)を増やして、火(虚熱)を治める」方法となります。

前回の実熱は「瀉性※3」をもつ薬物を選びましたが、今回は『滋陰薬(じいんやく)』など潤いを補う作用、つまり、「補性※4」をもつ薬物を中心に選びます。

更年期のホットフラッシュの患者さんを弁証すると、「虚熱」と「実熱」が混ざったケースがとても多く、その根本原因は「虚熱=陰虚」になります。ここでいう陰虚は加齢と関係するものです。
こうした患者さんは辛い食べ物を好みがちですが、唐辛子などの刺激物は身体を強く温めて乾燥させるため向きません。同様に、汗をかき過ぎるホットヨガやサウナなども避けたほうがよいことです。

更年期障害に対して、保険診療では加味逍遥散(かみしょうようさん)が非常によく用いられますが、これは「実熱」に対する処方で、【標治(対症療法)】になります。【本治(根本治療)】は、不足した陰を補うことにありますので注意が必要です。

実熱証も虚熱証も目標は「火を消す」こと。ここで重要なのは、両者では「熱くなった原因」がまったく異なるため、「火の消し方=治療法」も異なるという点です。

次回は、陰と陽のどちらも不足した、「陰陽両虚証」についてお話しします。お楽しみに!

※1
ドライシンドローム…ドライアイ・ドライマウス・ドライスキン・ドライバジャイナ(膣の乾燥)など、全身の乾燥症状のこと。乾燥症候群とも。
※2
潮熱…午後あるいは夜など決まった時間にほてりが現れること。
※3
瀉性…取り除く性質。
※4
補性…補う性質。

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、国際中医薬膳師、 医学気功整体師 、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
東京薬科大学薬学部卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学、国立北京中医薬大学日本校にて中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/

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