薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

しばらく前までは、一般の人はほとんど耳にすることのなかった「ジェネリック医薬品」という言葉も、すっかり世に定着しました。とはいえジェネリック医薬品は、患者さんへの説明が難しい、名前の紛らわしいものがある、適応症が異なる場合もあるなど、薬剤師のみなさんにとってはなかなか悩ましい存在なのではないでしょうか。

しかし、最もジェネリック医薬品の存在に悩み、目の敵にしているのは、言うまでもなく先発品メーカーです。大型医薬品ともなれば、一日あたり億単位の売り上げがありますから、先発品メーカーは独占販売の期間をなんとか一日でも延ばそうとしてきます。当然ジェネリックメーカー側も先発品の特許が切れ次第、一日でも早く発売して市場を奪おうと考えます。

とはいうものの、特許の切れる日がいつかというのは、実はなかなか難しい問題です。いろいろな特許の法制度がからむため、一概に「この日をもって特許切れ」とは定めにくいのです。

医薬品に限らず、特許の期間は出願した日から20年と定められています。ただし特許法では、

特許法 第67条 2

特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、5年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。

上記のように規定されています。医薬品の場合は治験開始の前に特許を出願することが普通であるため、臨床試験に費やした年月の分だけ、特許期間が延長されるのです(ただし最大5年)。

この制度が曲者で、「特許が成立した日」あるいは「治験届の提出日」のうちどちらか遅い方から、「医薬品として承認された日」までの期間が、延長期間として認定されます。なんだかややこしい話ですが、ここに解釈の違いが生じることがあり、いつまでが延長期間に相当するのか、しばしば争いの種になります。

さらに、医薬品にはいくつもの特許が関わります。基本となるのは「物質特許」で、ある一定範囲の分子構造を指定し、ここに含まれる化合物はこのような疾患に有効であると主張するものです。これが認められれば、特許の有効期間中、他の会社は指定された化合物を製造・販売できません。

また、「疾患Aの治療薬Xは、疾患Bに対しても有効である」と、新たな用途を示した場合も特許として成立します。これが「用途特許」と呼ばれるものです。医薬品の世界では、この「適応拡大」は広く行われます。

さらに、医薬品の製法に対しても特許が成立します。より溶けやすい結晶を作る方法、より吸収されやすい製剤方法など、「この方法だからこそ有効性が増す」とメリットがあることを示せば、特許が認められるのです。物質特許が切れても、これらの特許が有効であれば、同じ製法でジェネリック医薬品を発売することはできません。つまり先発品メーカーにとって製法特許は、製品の延命策として利用できます。

とはいえ、ジェネリックメーカーも「はいそうですか」と引き下がるわけにはいきません。たとえば大洋薬品(当時)は2005年、アステラス製薬の抗生物質セフジニル(商品名セフゾン)のジェネリック医薬品を発売しました。すでにセフジニルの物質特許は切れていたのですが、結晶化の特許はまだ有効であった時期のことです。

このためアステラス製薬は販売差し止めを求めて提訴しますが、大洋薬品側は「製法の特許は新規性がなく無効である」と主張し、これに対抗しました。特許には「新規性」が必要であり、誰でも思い至るような手法に対しては成立しません。大洋薬品は、この点に勝機を見出してフライング販売に踏み切ったわけです。しかしこの件に関しては、裁判で「結晶化の技術に新規性あり」と認められ、大洋薬品のジェネリック医薬品は販売差し止めとなりました。

海外の大手ジェネリックメーカーはさらに過激です。テバファーマスーティカル社は2009年にアメリカで、アステラス製薬の過活動膀胱治療薬「ベシケア」のジェネリック医薬品の販売申請を行いました。ベシケアは物質特許が2018年まで有効ですから、これは完全な確信犯です。この件も裁判に持ち込まれ、2018年までテバファーマスーティカル社はベシケアのジェネリック医薬品を発売できないということで決着しました。

こうしたごたごたで一番迷惑を被るのは、実際に医薬を処方する現場と服用する患者さんです。海外大手ジェネリックメーカーの日本進出に伴い、今後このような騒動が増える可能性も考えられます。現場の第一線に立つ薬剤師として、頭に入れておくべき事柄ではないでしょうか。

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

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