薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第52回 薬にまつわるエトセトラ

AIによる医薬化合物のデザイン、副作用や薬物相互作用の予測へのAI活用、漢方薬の分野にも…etc.いま製薬企業が最も注目している新たなAI創薬について、サイエンスライター佐藤健太郎氏が考察します。

製薬企業が注目するAIの活用法

今、最も注目される学問分野が人工知能(AI)の領域であることは、衆目の一致するところでしょう。すでに多くの領域で応用が始まっており、我々の生活にも影響を与えつつあります。

医薬分野もその例外ではない――どころか、人工知能の応用先として真っ先に名が挙がるのが、医薬・健康に関する分野であるといってもいいでしょう。
レントゲン写真やMRIなどの画像診断へのAIの適用は、その一例です。本連載第32回でも、「AI創薬の波」というタイトルで、この領域を取り上げています。

製薬企業が最も注目しているのは、AIによる新たな医薬化合物のデザインといえるでしょう。
現在、医薬として最適な化合物の発見には、多数の研究者が試行錯誤を繰り返し、年単位の時間と莫大な費用をかけています。これがAIによって瞬時に行なえるようになるなら、製薬企業経営者にとっては夢のような話でしょう(職を失う製薬企業研究者にとっては、悪夢のような話でしょうが)。

AIの大きな特長は、人類がこれまで開発してきたロジックの単純な積み重ねでは決して導き出せない、一見不可解であるのに実は優れた結果をはじき出してくる点です。膨大なデータを読み込み、その関連を分析することで、人間には見えない関係性を見つけ出してくるのです。

たとえば囲碁という競技においては、「相手の石を攻める」「自分の陣地を囲う」といった目的に沿った手が「良い手」とされてきました。しかし囲碁の対戦AIであるAlphaGoは、こうした目的がなさそうな、一見すると不可解な手を連発し、人類最強の棋士を打ち負かして見せたのです。

これを新薬デザインに当てはめるなら、一見してあまりに水溶性が低すぎるとか、こんな位置にこんな元素を入れて何の意味があるのか、と思うような分子でありながら、医薬として極めて優秀――というようなものが期待されるわけです。

ただし、発表されている情報を見る限りでは、こうした新薬をコンピュータ上でデザインできるようになるには、まだ少々かかりそうな情勢です。単純に、標的タンパク質に対して強く結合する分子を設計するだけでもなかなか難しい上、体内動態、毒性、他の薬との相互作用といった条件も満たさなければならないわけですから、これは非常に高いハードルです。

AIが薬の副作用や相互作用を予測?

創薬におけるAIの活用は何も化合物デザインだけではありません。
たとえば、国内25の研究機関と99の企業から成る「ライフインテリジェンスコンソーシアム」(LINC)では、発症予測、文献や研究者の探索、標的分子探索、体内動態予測など、医薬品産業の上流から下流まで約30のプロジェクトが動き、それぞれの分野で役立つAIの開発に取り組んでいます。もちろん世界各国でも、様々なアプローチによるAIの活用が進められています。

その中でも、医薬品の合成ルートを創案するAIは、早期に実用化されそうなものの一つです。与えられた化合物の合成ルートを考え出してくれるプログラムは昔からありましたが、実際の化合物に適用すると、うまく行かないケースが多くありました。
しかしAIは、過去の無数の合成ルートを精査し、目的の化合物に適用できそうな反応を選び出してくれるため、はるかに実用性が高いのです。すでに、実際に行なわれている医薬品合成ルートよりも優れた経路を提案できるAIが発表されており、実用化は早そうです。

副作用や薬物相互作用の予測なども、AIの導入が期待される分野の一つです。副作用は単純なひとつのメカニズムで説明できないケースが多く、一部の例外を除いては予測が困難でした。

しかし、膨大なデータから一定のパターンを導き出すのは、AIの得意領域とされます。となれば、過去の患者の投薬データや遺伝子配列などの情報をもとに、どのような副作用が起きうるかを予測するのは大いに期待が持てるでしょう。

たとえばスタンフォード大学のグループは、体内の約1万9千種のタンパク質と、645種類の医薬の相互作用パターンを整理・解析し、2種類の薬を服用した場合に起きる副作用を69%の精度で予測することに成功しています。

こうした「多対多」の相互作用が解析できるようになる意義は、非常に大きそうです。現代の多くの医薬は、一つのタンパク質に対して一つの医薬分子が結合する「1対1」の相互作用を考えて作られています。しかし実際には、体内には多数の似たようなタンパク質がありますので、単純な1対1ということはありえません。

特に、構造の複雑な天然物医薬では、多数のタンパク質に結合して作用し、その総和として薬効が表れるケースが多いと考えられます。
多くの成分の混合物である漢方薬では、なおさらでしょう。AIの力でこれらの解析が進むことで、また新たな可能性が引き出されることもありそうです。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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