薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第50回 薬にまつわるエトセトラ

貝殻の上に裸で立ちすくむ絶世の美女――ボッティチェリの傑作「ヴィーナスの誕生」に隠された謎とは…。サイエンスライター佐藤健太郎氏が「歴史と結核」について語ります。

歴史を大きく揺るがした「結核」という病

歴史の教科書を思い返してみると、そこに並んでいたのは王や政治家、戦争や条約の名称ばかりでした。もちろん、こうした人物たちとその行ないが、世界史を動かす最も大きな要素であることは間違いありません。

しかし、歴史を変える要因はもちろんそれだけではありません。気候の変動も大きな影響を与えますし、時に各種の感染症もそれに劣らぬ変化をもたらします。何度も大流行し、人口を大きく減少させるほどの猛威を振るったペスト、ヨーロッパから新大陸へ持ち込まれ、アステカ帝国やインカ帝国を滅亡に追い込んだ天然痘などは、その代表的な例といえるでしょう。

結核もまた、歴史を大きく揺るがした疾患のひとつです。ドイツやイスラエルで発掘された、約9000年前の人骨からも結核の形跡が見つかっており、古くから人類にとっての大きな脅威でした。

この病気は先述のペストや天然痘などと異なり、長い期間をかけて進行してゆく特徴があります。このため文学の題材などとしてもよく取り上げられており、文化の面でも大きな影響を与えた疾患といえます。「枕草子」や「源氏物語」にも「胸の病」が登場しており、悲劇的な病気として捉えられていたことがわかります。

美の女神シモネッタを襲った病魔

結核に感染して落命した有名人は、枚挙に暇がありません。イタリア・ルネサンス華やかなりし時代を生きた、シモネッタ・ヴェスプッチもその一人です。絶世の美女と謳われ、多くの画家や詩人が争って彼女を題材に作品を生み出していますから、今でいうスーパーモデルのような存在であったでしょう。

有名なボッティチェリの傑作「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスも、彼女がモデルといわれます。しかしそのモデルとなったとき、すでにシモネッタは結核に冒されていました。描かれたヴィーナスは首が異様に長く、なで肩で、頬がこけており、これらは彼女の病状の進行を反映しているという見方があります。結局シモネッタは、わずか22~23歳という若さでこの世を去っています。

名画「ヴィーナスの誕生」を所蔵するイタリアの「ウフィツィ美術館」

人々に恐れられた結核ですが、有効な治療の手立ては全く見つからず、空気のよいところで療養する程度がせいぜいでした。それでも、手探りでいろいろな方法が試されています。

イギリスやフランスでは、結核や皮膚病にかかった患者の顔などに、国王が手を触れるという「治療法」が行なわれました。もちろん手を触れたくらいで結核菌が消えるはずもありませんが、この「ロイヤル・タッチ」という儀礼は13世紀から18世紀という長期に渡って続きました。いわば国王の権威付けのために「奇跡」が演出されていたわけですが、近代合理精神の勃興とともに疑問視されるようになり、フランス革命を機に消滅してゆきました。

近代と結核 一葉、啄木、中也も…

結核が真に猛威を振るい始めるのは、産業革命の後のことになります。都市への人口集中が進み、劣悪な環境で働く労働者階級の間で、結核はあっという間に蔓延しました。17世紀から19世紀にかけての、ヨーロッパや北米における死者の20%が結核によるものとする推定もあります。

明治に入ってからは、日本でも工業化の進展に伴って結核の爆発的流行が始まります。特に生糸工場の女工たちは、過重な労働、劣悪な栄養状態、過密な寮生活などの条件が相まって、ほとんどが2年以内に結核を発症したとされます。日本が近代化のために支払った、巨大な犠牲でした。

不治の病である結核に対する偏見は根強く、たとえば23歳で死去した音楽家・滝廉太郎の作品の多くが、感染を恐れた人の手によって焼却されています。文人でも、樋口一葉は24歳で、石川啄木は26歳で、中原中也は30歳で、梶井基次郎は31歳で結核のために世を去りました。彼らがあと何年かでも長生きしていれば、どれだけの優れた作品を残してくれたか――と考えると、結核による損失たるやまさに計り知れないものがあります。

特効薬ストレプトマイシンがノーベル賞に

不治の病という結核のイメージが覆るきっかけになったのは、1943年に発見されたストレプトマイシンでした。長く人類を苦しめた業病への待望の特効薬であり、発見者のワクスマンはこの功績で1952年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。戦後の闇市では、当時の公務員の年収をはるかに超える5000円もの高値で取引されたといいますから、そのもてはやされぶりがわかるでしょう。

ストレプトマイシンには難聴などの副作用もあり、耐性菌の問題もありますので、現在ではリファンピシンやイソニアジドなどを併用する治療法が第一選択となっています。こうした治療薬の進歩、ワクチンの普及などにより、結核患者は激減しました。

しかし現在でも、国内で結核患者は年間1万8千人以上発生し、2000人前後の人が亡くなっています。多剤耐性菌の報告も増えており、結核は決して過ぎ去った脅威などではありません。この病気の過去と現在について知っておくことは、決して無駄ではないと思います。

出典:首相官邸

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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