薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

第42回 薬局の怪しい製品との向き合い方

花粉症は今や国民的といっていい疾患であり、さまざまな治療法や対策が工夫されています。中でも今年話題になっているのは、「スギやヒノキの花粉を分解し、水に変える」という触れ込みのマスクでしょう。テレビや電車にも派手に広告を出していますから、ご覧になった方も多いことと思います。マスクとしては大変高価な製品ですが、話題性もあってかなり売れているようです。

しかしこのマスク、ネットでは現在「炎上中」といっていい状態にあります。花粉が水に変化することなどありうるのか、科学的根拠があいまいなのではないかと、多方面から厳しい指摘が飛んでいるのです。

花粉が水になるかといえば、これはもちろん明確にノーでしょう。花粉には、炭素・水素・窒素・酸素・硫黄・リンなど数多くの元素が含まれています。どんな技術を使ったところで、これらがH2Oだけになるはずがないのは当然です。完全に酸化分解したなら二酸化炭素などの方が多くできるはずであり、水は主成分ですらありません。

消費者問題に詳しい川村哲二弁護士は、「花粉を水に変える」というフレーズは、製品を実際よりも優れたものであるかのように見せかける「優良誤認表示」に当たり、景品表示法に違反するとの見解を示しています。一般的な感覚からも、このフレーズはアウトかと思えます。

水にまで分解するのでなくても、アレルゲンタンパク質を破壊して花粉症の症状を抑える機能があるのならまだよいのですが、筆者の見るところではこれもおそらく期待できそうにないと思えます。

製品のパンフレットなどによれば、花粉を分解する鍵になっているのは、酸化チタンと銀、ハイドロキシアパタイトという物質を組み合わせた、「ハイドロ銀チタン」と称するものだそうです。酸化チタンに紫外線を当てると、そのエネルギーによって反応性の高い活性酸素ができ、これがさまざまな有機物を分解することは知られています(光触媒)。

また、これを銀などの金属と組み合わせる研究も行なわれています。その意味で、ハイドロ銀チタンという物質はまやかしなどではなく、きちんと研究された根拠のあるもの――か、少なくともそれに近いものとはいえます。

ただし、このマスクの説明には「ハイドロ銀チタンは光なしでもタンパク質などを分解する」と謳われています。実際、ハイドロ銀チタンのフィルターは不織布にはさまれており、光は当たらない構造になっています。しかし、タンパク質を分解するには絶対にエネルギー源が必要であり、光が不要というのは不可解です。「光触媒を改良して光不要の触媒を作った」というのは、「石油ストーブを改良して石油なしでも暖かいストーブを作った」というようなもので、にわかには納得しがたい主張です。

一応臨床試験らしきものも行なわれていますが、条件も異なり、人数も少なく、とうていマスクの有効性を示すとはいえないものです。また、もしハイドロ銀チタンが本当に有機物を分解できるなら、花粉より先にマスク自体が水になることでしょう。以上の状況を考えると、筆者であれば現状でこのマスクに大枚をはたく気はせず、もう少し証拠を揃えてもらわねば検討の対象にはできないというところでしょう。

しかし、効果に疑問を持たれる健康関連商品は、もちろんこのマスクだけではありません。ここ数年をとっても、ダイエット効果があると称するお茶や酢、空気中のウイルスや細菌を除去すると称する製品など、消費者庁から措置命令を受けたものはたくさんあります。その他、店頭に並ぶ製品を精査してゆけば、触れ込みほどの効果がないものは少なからず見つかることでしょう。

薬局やドラッグストアに勤務する薬剤師のみなさんにとっては、こうした製品の扱いは悩みどころなのではと思います。客から効果があるかないか問われれば何か答えざるを得ませんし、かといって「こんな怪しい製品は置かない」と、自分の一存で決められるわけでもないでしょうし……。

こうした点について、あるドラッグストアの薬剤師さんに聞いてみたところ、「私は会社の方針がどうであれ、自分で効果が薄い、怪しいと判断したものは、お客さんにそう説明することにしています」という答えが返ってきました。うまいことを言っておけば一時的に商品を売りつけることはできるけれども、結局長期的には信を失うことにつながるから、正しいと思える情報をきちんと伝えるのが一番、とのことです。確かに、消費者が自分で情報にアクセスし、さまざまなことを簡単に調べられる世の中では、安易な回答は薬剤師本人や勤務先の信頼の失墜を招きかねません。

近年では、こうした情報のやり取りはツイッターなどSNSが一番速く、検索すれば多くの専門家が参考になる見解を述べてくれています。信頼できる専門家のブログやSNSにアンテナを張り、ふだんから見識を磨いておくのも、信頼される薬剤師になるひとつのステップかもしれません。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

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