薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

第41回 核酸医薬はポスト抗体医薬になれるか

現在、薬局に並ぶ薬の多くは、化学合成の技術によって作られたものです。1970年代以降、システマティックな合成創薬の仕組みが整備され、様々な薬効を持つ医薬を、デザインして作り出せるようになります。これによって製薬企業各社は大いに売り上げを伸ばし、医薬品産業は黄金時代を迎えました。

しかし21世紀に入り、この勢いはやや減速しつつあります。合成創薬によって作り出せる範囲の医薬は、完成度の高いものが出揃ってしまい、新薬はなかなか生まれにくくなったのです。

このため製薬企業各社が新たな鉱脈探しに努めた結果、現在は抗体医薬の開発が大きなトレンドとなっています。これまでの合成医薬とは全く異なり、バイオテクノロジーによって生産される医薬で、ガンやリウマチなど難病の治療を大きく変えつつあります。

こうして現在、売り上げランキングの上位を席巻している抗体医薬ですが、いつまでこの勢いが続くかはわかりません。抗体は細胞の中に入り込めないため、治療可能な疾患が今のところ限られています。このため、意外に早く鉱脈を掘り尽くしてしまう可能性もないとはいえません。また、抗体医薬は製造コストがかさむために薬価が極めて高く、財政への負担が大きくなることも問題視されています。

というわけで、「ポスト抗体医薬」探しは製薬企業にとって急務となっています。いくつかの候補の中、近年有力視されているのが核酸医薬と呼ばれるものです。

少々紛らわしいのですが、以前から抗がん剤や抗ウイルス薬として広く用いられている「核酸アナログ」と、核酸医薬は全くの別物です。核酸アナログは、核酸塩基やヌクレオシド・ヌクレオチドの構造の一部を変換して作った、低分子医薬の一種です。これらは核酸合成に関わる酵素に結合し、そのはたらきを止めることで薬効を著すものがほとんどです。

一方、核酸医薬と呼ばれているのは、10~50塩基程度から成るDNAやRNAの断片を用いるタイプの医薬です。いわゆる低分子医薬よりだいぶサイズは大きくなりますが、化学合成の手法によって低コストに製造することができ、細胞内に入りこんではたらくことも可能です。

2017年8月、新たな核酸医薬であるヌシネルセンナトリウム(商品名スピンラザ)が、厚労省に認可を受けました。これは、脊髄性筋萎縮症(SMA)という難病の治療薬です。臨床試験において著効を示したため、中間解析のデータだけで承認を受けたとのことです。申請から承認までわずか7カ月というのも、記録的な速さでした。

スピンラザは18塩基長のRNAの誘導体で、アンチセンスと呼ばれるタイプの核酸医薬です。アンチセンスとは、ある配列のDNAやRNAに対して、相補的な配列を持つ核酸のことを指します。狙った核酸に絡みつき、強く結合してしまうよう設計された核酸ということです。

SMAという病気は、遺伝子の変異によって、神経機能を維持するために必要な、SMNというタンパク質が作られなくなることで起こります。スピンラザは、SMN2という遺伝子から作られるmRNAに結合することで、間接的に正常なSMNタンパク質を生産させる仕組みです。

核酸医薬は、こうしたアンチセンス型の他、いくつかのタイプが考えられています。たとえばアプタマー医薬と呼ばれるものは、標的タンパク質に結合するよう設計された、1本鎖のDNAまたはRNAを投与するもので、いわば抗体医薬の核酸バージョンといえるでしょう。加齢黄斑変性症の治療薬ペガプタニブ(商品名マクジェン)が、最初に実用化されたアプタマー医薬です。

また、二本鎖RNAを投与することで、特定の配列を持った標的RNAが分解される現象(RNA干渉)を利用する方法も、盛んに研究されています。その他、いくつかのタイプの核酸医薬が研究され、臨床試験段階にあります。

ただしこれら核酸医薬が広く用いられるためには、まだ問題も残っています。ひとつは、DNAやRNAは体内で分解を受けやすい点です。人体は、侵入してきたウイルスへの防御策としてヌクレアーゼを持っており、これが外来の核酸を分解してしまうのです。先のスピンラザの場合、通常のRNAには含まれない硫黄原子を組み込むなどして、体内での安定性を増す工夫がなされています。しかしそれでも現在は注射による投与しかできず、研究の余地はまだまだ残されていそうです。

薬価の問題もあります。先ほど、核酸医薬は比較的低コストで合成可能と述べましたが、にもかかわらずスピンラザには1瓶で932万424円という非常な高薬価がつけられました。希少疾患であること、画期性加算がつくことなどが要因でしょうが、医療費抑制が叫ばれる中、これは問題視されそうです。

いろいろな面から、今後の製薬業界において、核酸医薬は台風の目になる可能性があります。今後のなりゆきを、注目する必要がありそうです。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

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