薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

第39回 ポケモンGOとプラセボ効果 ~薬効は免疫と薬のレイドバトル?

2016年に登場したスマホゲーム「ポケモンGO」を、知らないという方はほとんどいないことでしょう。日本のみならず世界中で社会現象ともいえるブームを巻き起こし、一時はあちこちでレアポケモンを追いかけて走り回る人を見かけたものです。読者の方の周りにも、あるいは読者ご自身にも、熱心にプレイされた方は多くいたのではないでしょうか。

その後、さすがに一時の熱狂は去ってプレイヤーも減りましたが、「ポケモンGO」は最近またいくらか勢いを取り戻しつつあるようです。大きな要因は、新たに導入された「レイドバトル」と呼ばれるシステムです。ジムに現れる、一人では太刀打ちできないような強力なポケモンに、数人のプレイヤーが協力して挑むというもので、街角でもプレイしているらしき人を見かけます。

ただしこのレイドバトルは、プレイヤーの少ない地域ではすぐにバトルが始まらないことも少なくありません。敵ポケモンを倒せる人数が十分集まらない場合は、戦ってみてもどうせ歯が立たず、アイテムを消耗するだけに終わります。慣れた人たちはしばらく待って、十分に人数が揃ったのを確認してから初めてレイドバトルを開始するようです。

医薬に関する記事を連載する本コーナーで、なぜ長々とゲームの話をしているのでしょうか?実は、薬効を論ずる時に必ず登場するプラセボ効果は、どうもこれに似た現象ではないかという説があるのです。

以前も本連載で取り上げた通り、プラセボ効果は古くから知られた現象であり、さまざまな角度から多くの研究がなされていながら、その原因はいまだ十分に解明されていません。ただし、プラセボによる痛みの緩和など、生化学的な裏付けがとれている部分もあり、決して単なる思い込みなどではないことがわかっています。

プラセボは、服用する人の性格や、各種の環境や遺伝要素によっても効果の表れ方は大きく影響されることから、心理的要素も絡んでいると考えられます。単一のメカニズムで語れるような単純な話ではなさそうで、全容が明らかになるのはまだ先でしょう。

しかし、なぜ薬が投与されたと思っただけで、治療効果が表れるのか――これについて、進化論的な立場から説明できるとする論文が、2013年にP. C. トリマーらによって発表されました。

体に不調が起きた時、免疫系や神経系がはたらき、病原体や痛みと戦ってくれます。しかしこのためには、伝達物質や免疫細胞を作り出すなど、それなりの「資源」を消費しなければなりません。つまりこの場合の人体は、いわば弾薬や兵数が限られた軍隊のようなものであり、敵は簡単に制圧できない程度の規模である――という状況です。この立場に置かれた指揮官は、どう動くべきでしょうか?

ひとつの作戦は「待つ」ことでしょう。闇雲に戦闘を起こしていたずらに戦力を消耗してしまえば、いざという時に全く戦えなくなるかもしれません。それよりも、援軍や補給の到着を待ち、勝てる確率が高まってから戦闘を仕掛けた方が、限られた戦力を活かすことにつながります。

トリマーらの説に従えば、免疫系もこれと同じように振る舞います。つまり、無鉄砲に痛みや外敵と戦うのではなく、医薬という援軍が到着し、有利に戦えると判断した時に初めて動き出そうというわけです。ただの小麦粉を服用しても一定の効果が出るのは、援軍到着と思い込んで戦い始めた免疫系のおかげ、ということになります。

これは冒頭で挙げた、「人数が揃ってから初めて戦いを開始する」という、ポケモンGOのプレイヤーと全く同じ戦略です。進化の過程で、こうした振る舞いをする個体が勝ち残り、遺伝子を残してきたのだろうと考えられます。

しかし、有効な医薬などというものが登場したのは、生命の歴史からいえばつい最近のことです。なのに、「いま薬を飲んだ」と感じた時に免疫系をはたらかせる仕組みが進化したというのは、ちょっと不思議に思えます。

トリマーらは、ハムスターにおける例を挙げています。ある種のハムスターは、日光にあたる時間が長い時、免疫反応が強く出るのだそうです。これは夏に相当する状況であり、体温を上げるなどして病原体と闘うのに有利な状況であるため、免疫系がより積極的にはたらくと解釈されています。

もちろんこれだけでは根拠としては弱く、「援軍が来たと感じた時に免疫がはたらきやすくなる」という仮説は、さらなる検証を要すると思われます。とはいえこれは、プラセボ効果という不思議な現象を説明するための、興味深い考え方とはいえそうです。

患者さんに薬を渡すときの、薬剤師さんのちょっとした一言が強い「援軍」となり、薬効を倍加させる――ということも、実際に起こりうることでしょう。いずれにせよプラセボ効果は、さらにいろいろな研究がなされるべき分野に違いないと思えます。

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

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