薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

第30回 「テレビの健康情報に振り回されないために」

薬剤師をはじめ医療関係者のみなさんは、マスコミの流す怪しげな情報に悩まされた経験をお持ちの方が多いことと思います。以前に本連載でも、週刊誌による反医療・反医薬キャンペーンや、医学否定本について取り上げました。

しかし、こうしたマスコミ媒体の中でも、テレビの影響力はやはり別格です。過去にも多くの不正確な健康情報がテレビを通して世に流布され、問題を引き起こしてきました。2006年の白いんげん豆食中毒事件などのように、多数の健康被害が出たケースさえあります。しかし健康や医療に関する番組は相変わらず作られ続け、時に一線を踏み越えてしまいます。

つい先日も、問題のある番組が放映されました。2017年2月22日NHK総合テレビの生活情報番組「ガッテン!」にて、「最新報告! 血糖値を下げるデルタパワーの謎」と題した特集が、ゴールデンタイムに放送されたのです。

同番組では、熟睡中に出る「デルタ波」という脳波には血糖値を下げる効果があるとし、オレキシン受容体拮抗薬と呼ばれる睡眠薬がこのデルタ波を強めると紹介しました。この時、画面には「睡眠薬で糖尿病が治療できる」というテロップが表示され、「ベルソムラ」という商品名も映し出されていました。

番組に出演した医師も、この薬は新薬なので副作用が少ないとコメントし、司会者も「これで安全に血糖値を下げられます」と言い切りました。薬を飲んでぐっすり寝るだけで安全に糖尿病が治療できるのなら、自分もぜひ試してみたいと多くの人が考えるのは当然のことでしょう。実際にも番組放送翌日から、病院や薬局でベルソムラを求める患者が少なからずやってきたということです。

もちろん睡眠の質は健康の基本であり、血糖値にも影響します。しかし、ベルソムラと血糖値の関係を研究した論文は、筆者の調べる限り見当たりません。少なくとも、適用外使用を一般向け番組で大々的に推奨できるような、しっかりしたエビデンスがあるというには程遠い状況でしょう。睡眠薬の使用には当然ながらそれなりのリスクがあり、特に睡眠に問題を抱えてもいない人に対して、そう気軽に投与してよいはずもありません。

というわけで、放送直後からこの番組内容には異論が相次ぎました。日本睡眠学会や日本神経精神薬理学会は番組に対する声明の中で、「番組で取り上げられた睡眠薬については、既存の臨床試験データにおいても血糖降下作用は確認されていません」と指摘し、「一部の研究者の限られた研究データを根拠として糖尿病治療に用いることは倫理的にも医学的にも許容されません」と、強い調子で番組内容を批判しています。

こうした事態を受け、NHKではウェブサイトに「誤解を与え混乱を招いてしまった」とお詫びの文章を掲載、同番組の再放送も行わず、翌週の放送の冒頭で謝罪と訂正が行われました。

こうした騒動は何度も繰り返されているのですから、番組制作者ももう少し慎重になればいいものをと思えます。しかし、さまざまなことがやり尽くされた健康・医療関連分野の中で、新規でインパクトのある題材を強く求められ続けていると、ついこうした番組作りになってしまうのでしょう。

このような状況は何も日本に限ったことではないようで、筆者が以前出席した科学報道に関する講演会でも、イギリスやドイツの研究者が「患者たちは医師の指示よりも、テレビで放送されるいい加減なデータと司会者の無責任な言葉を信じてしまう」と、異口同音に嘆いていました。残念ながら日本でも、こうした問題のある番組は今後も簡単になくなりはしないでしょう。

ただし近年では、SNSを通じて医師などによるカウンター情報が素早く流されるようにもなっています。もちろんこれらも完全に正確という保証はありませんが、丁寧に根拠となる論文情報などを示してくれる人も多く、重要な判断材料になってくれます。こうしたツイートをまとめたサイトが、最も充実した情報源となるケースも少なくありません。NHKが早期に謝罪と訂正に動いたのには、こうしたSNSの情報も影響したのではないでしょうか。

専門知識を持った薬剤師のみなさんの発する情報も、こうした事態を改善する大きな力となると思います。積極的に情報発信に取り組む方が、一人でも増えてほしいと願う次第です。

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

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