薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

「依存性」切り離せず、麻薬と紙一重のオピオイド鎮痛剤

去る4月21日、ミュージシャンのプリンスが死去しました。数々の名曲を世に送り出したカリスマの、57歳での突然の死は、世界に大きな衝撃を与えました。

遺体が発見されたのがスタジオのエレベーター内であったことから、死の原因は何であったのか、さまざまな憶測が流れました。検死の結果、彼の死因は鎮痛剤フェンタニルの過剰投与であったと発表されています。

フェンタニルはオピオイド系に分類される鎮痛剤で、その効果はモルヒネの100~200倍といわれるほど強力です。日本でも医薬として認可されていますが、依存性があるために麻薬及び向精神薬取締法で麻薬の一つにも指定されており、取り締まりの対象となっています。

フェンタニルは、1960年にP・ヤンセン(ヤンセンファーマの創始者)によって初めて合成されました。構造式を見る限り、モルヒネとはあまり似ていませんが、活性発現に必要な部位は共通しており、同じオピオイド受容体に作用します。

(左)モルヒネ、(右)フェンタニル

1980年代のアメリカでは、このフェンタニルの構造を少しだけ変えた化合物が出回り、乱用されました。分子構造を変えて法規制をすり抜けようとする、いわゆる危険ドラッグの元祖のような存在です。

こうした依存性、中毒性は、オピオイド系鎮痛剤につきものの問題です。これを何とか切り離そうという研究は数多く行われていますが、なかなかうまく行かない――どころか、むしろさらに様々な鬼子を生み出してしまっている面すらあります。

たとえば、モルヒネの依存性を除こうと、各種の化学変換を行う研究は古くからなされてきました。その一つが、モルヒネの2つのヒドロキシ基をアセチル化した化合物で、依存性のない安全な鎮咳薬であるという売り文句のもと、1898年に発売されました。しかしこの薬を経口投与でなく静脈注射した場合、強烈な快感(及び習慣性)をもたらすことがわかり、その乱用が広まってしまいました。実はこれこそが「ドラッグの王者」ヘロインで、やがてその製造は禁止となりましたが、現在でも地下で製造され、流通していることはご存知の通りです。

アセチル化されたモルヒネは、脂溶性が上がっているため組織移行性が高く、脳にも容易に到達します。そして脳内でアセチル基が外れてモルヒネを再生し、受容体に作用する――というのがヘロインの仕組みです。いわゆる「プロドラッグ」の代表的な例といえます。

主に鎮咳剤として用いられるコデインも、モルヒネのプロドラッグの一つです。これは、モルヒネのフェノール性ヒドロキシ基がメチル化されたものです。ただしメチル基はアセチル基に比べてずっと外れにくいため、コデインの作用はモルヒネより遥かに穏やかです。それでも乱用する者が出たため、コデイン含有の咳止め薬の購入は1人1包装までという規制がかかっています。

ヘロイン(左)とコデイン(右)

モルヒネの構造を変えた化合物としては、オキシコドンという化合物もあります。これも強力な鎮痛効果を持ち、日本ではがんの疼痛を除くために使用が認められていますが、麻薬としての指定も受けています。しかし、米国では手術後の痛みや各種関節痛などにかなり広く処方されており、入手が比較的容易です。

オキシコドン

2015年6月には、日本を代表する企業の米国人役員が、オキシコドン57錠を「ネックレス」と書かれた箱に詰めて母国から空輸したとして、麻薬及び向精神薬取締法違反の疑いで逮捕されました。膝関節の痛み止めに使うためであり、麻薬を密輸したつもりはなかったと釈明して不起訴処分となりましたが、結局この役員は職を辞して帰国しています。

こうしたオピオイド系鎮痛剤は、治療的処方と麻薬的な使用量の差が小さく、両者は紙一重――というより重なりあっており、乱用に結びつきやすいのが現実です。米国では、2000年以降にヘロインを乱用した者の75%が、オピオイド系鎮痛剤の使用がきっかけとなったといいます。そして1999年から2014年までに、米国では合計16万5千人が鎮痛剤投与のために亡くなっているといいますから、その害は深刻なのです。

オピオイド受容体及びその周辺の分子生物学的理解も進んではいますが、いまだ依存性を完全に切り離した鎮痛剤の開発には成功していません。習慣性のない優れた痛み止めほど、人類が強く求めてきた医薬はありませんが、その開発は創薬研究者の究極の夢、最後の目標ということになりそうです。

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。
『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。
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