薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

音楽の世界には、俗に「一発屋」と呼ばれる人たちがいます。人生一度の大ヒットだけで消えていくのは悲しくはありますが、とにかく人々の記憶に残る作品を一つでも残せるのは、やはり幸せなことではないかと思えます。お笑い芸人などは一度でもブレイクすれば、その後は営業などで細く長くやっていけるといいますから、ともかく「一発」があることは重要なのかもしれません。

世界文学史上最大の一発屋といえば、マーガレット・ミッチェル女史でしょうか。1936年に35歳で発表した「風と共に去りぬ」は3000万部以上の売り上げを記録し、映画も歴史に残る名作となりました。当然続編が熱望されましたが、ミッチェルは結局これ以外に小説を一作も発表することのないまま、その生涯を終えています。

医薬品の世界では、製品を世に送り出すことが極めて難しいため、一つしか世に薬を送り出せずに終わった人はたくさんいます(筆者を含め、一つも新薬を創れぬまま終わる人はもっとたくさんいます)。しかしあえて「医薬の世界の一発屋」を挙げるとしたら、オーストラリアの医師ジョン・ケイド博士がそれに最も近いのではないでしょうか。

第二次世界大戦後のある日、ケイド博士は双極性障害の原因解明に取り組んでいました。彼は、この病気が何らかの毒物によって発症するのではと考え、患者の尿にその毒物が排出されているのではないかと推測しました。となれば患者の尿の成分をモルモットに注射すると、双極性障害に似た症状を発するのではないか、と彼は考えたのです。

尿の成分で水以外に多いのは尿素、そして尿酸です。ケイドは尿酸が怪しいのではと考え、モルモットに注射してみようとしましたが、この化合物は水に溶けにくいという問題がありました。しかし尿酸は、リチウム塩にすると水に溶けやすくなる性質があります。

そこでケイドはさっそく尿酸リチウムを注射してみたところ、興奮していたモルモットはウソのように大人しくなったのです。これは大発見だ!喜んだケイドはさまざまな実験を繰り返しますが、思ったような結果は出ませんでした。

突き詰めていくと、実は彼が原因と思った尿酸には、何の効果もありませんでした。効いていたのは、尿酸を溶かすための添加剤として加えた、リチウムの方だったのです。そこでケイドはリチウム塩を双極性障害の患者に少量ずつ投与してみたところ、みごとに効果を示しました。

彼は1949年にこの結果を論文として発表します。ただの金属イオンに、人間の心の動きを操る働きがあるという主張はあまりに意外でしたが、徐々にこの結果は受け入れられていきます。今では、リチウムは世界各国で躁病・双極性障害の治療薬としてなくてはならない存在になり、精神医療の世界に大きく貢献しています。

実はケイドはこの他に、論文らしい論文をほとんど書いていません。このため、「デビュー戦でチャンピオンを倒し、そのまま引退したボクサー」にたとえられることもあります。とはいえその功績は大きく讃えられ、オーストラリア勲章を初めとした数々の賞が彼に授与されています。こうしてケイドは栄光に包まれつつ、1980年に68歳で世を去りました。

しかし、どうもリチウムの薬効を発見したのは、彼が最初ではなかったようです。1871年にはウィリアム・ハモンドという人が、「急性うつ病」「急性躁病」の患者に、臭化リチウムを投与することを勧めています。またデンマークでもカール・ランゲという医師が、リチウムを含むアルカリ金属塩がうつ病に効くと主張していました。しかし時代が早すぎたのか、これらの成果は医学界の興味を引くことなく、埋もれてしまっています。医薬に限らず、優れた発見には運や時代の要素に恵まれることが、不可欠なのは確かでしょう。

リチウムがなぜこのような作用を示すか、全容は未だに解明されていません。つまりケイドの幸運がなければ、人類は今もリチウムという医薬の存在を知らなかった可能性もあります。単なる幸運と片付けられないものが、そこにはあるような気もします。

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。

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