薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。

113番元素の発見と医薬品となる元素の話

日本発・113番元素

2015年の暮れ、「113番元素の命名権を日本チームが獲得した」というニュースが飛び込んできました。アジアの国による新元素の発見報告は史上初のことで、科学関係のニュースとしては珍しくトップ記事扱いになっていたようです。

新しい元素を発見し、名前をつけるのは、科学者としてこの上ない名誉です。何しろ今後何十年、何百年と新元素の名は周期表に刻み込まれ、世界の人たちがその名を使い続けるわけですから、新元素の命名はノーベル賞以上の価値があるといってよいかもしれません。

113番元素も、どういう名前がつくか注目されています。アメリシウムやゲルマニウムなどのように、国名にちなんだ元素は数多いので、113番元素も「ニッポニウム」あたりがよいのかと思いきや、実はこの名は使えないのだそうです。

1908年、小川正孝博士は43番元素を分離したと報告し、これを「ニッポニウム」と名づけました。しかし後に、43番元素は自然界に存在しない放射性元素だったことが判明し、「ニッポニウム」の名は周期表に載ることなく消えていきました。このような、幻となった元素の名は再使用してはいけないという規定があり、113番元素には「ニッポニウム」の名が使えないのだそうです。幻の43番元素は後に人工的に作り出され、「テクネチウム」の名がつけられています。

医薬となる元素

さて、こうして科学者たちが営々とした努力を重ねて見つけ出した元素たちは、何かの役に立つのでしょうか? もちろん、多くの元素が我々の身近で活躍しており、医薬品の世界もその例外ではありません。

薬局の棚に並ぶ医薬の主成分は、たいていの場合有機化合物であり、構成元素は炭素・水素・酸素・窒素の他、せいぜいイオウかリン、ハロゲン類が含まれているという程度です。溶解性を上げるために、薬効成分がナトリウム塩などになっているものはありますが、基本的に医薬は先に挙げた数元素から構成されているものがほとんどです。

しかしたとえば市販の胃薬には、制酸剤としてマグネシウムやアルミニウムを含むものがあります(ちなみに、かつてアルミニウムが認知症の原因になるという説があり、アルミ含有制酸剤は避けるべきという意見もありましたが、現在ではこの説はほぼ否定されています)。

貧血の治療薬には鉄とクエン酸やフマル酸などの塩が用いられますし、湿疹や皮膚炎などに用いる亜鉛華(酸化亜鉛)軟膏はなじみ深いものでしょう。市販の胃薬には、緑色をした銅クロロフィリンが含まれているものがあり、胃粘膜の修復・保護作用があるとされています。また本連載第2回でも取り上げた通り、リチウムは双極性障害治療薬の治療薬として重要です。

貴金属も使いようで医薬になります。シスプラチンを始めとする白金化合物が、抗がん剤として広く使われているのはよい例でしょう。オーラノフィンやシオゾールといった、金の化合物もリウマチ治療薬として用いられています。もっともリウマチに関しては、近年優秀な医薬が次々登場しており、これら金化合物の出番は少なくなっていきそうです。

珍しいところでは、ビスマスという元素の塩が整腸剤・止瀉薬として用いられます。ビスマスは原子番号83、天然に安定して存在するものとしては最も重い元素であり、美しい虹色をした不思議な形の結晶になることでも知られます。周期表で、この周辺の元素はヒ素、アンチモン、鉛、ポロニウムなど毒になるものばかりなのですが、ビスマスだけが医薬としてはたらくのは不思議なことです。

レントゲン写真撮影の前に飲む造影剤としての用途がなかったら、バリウムは一般の人がまずその名を聞くことがない元素だったことでしょう。バリウムがこの目的に用いられるのは、原子番号が大きいためにX線をよく反射すること、また硫酸バリウムは水に溶けないので吸収されず、体に影響を与えないことが理由です。健康診断でバリウムを飲むのはなかなかの苦行ですが、やはりそれなりの理由があってバリウムが選ばれているわけです。

しかし多彩な元素が用いられるのは、やはりがん治療の分野でしょう。ストロンチウム、イットリウム、ヨウ素など、さまざまな元素の放射性同位体が用いられます。冒頭で触れた、幻の「ニッポニウム」ことテクネチウムも、腫瘍診断薬などとして使われています。天然に存在しない元素さえも医療に生かされていることに、驚きを覚えずにいられません。

今回認定された113番元素は、寿命がわずか1000分の2秒ほどであり、これまで3原子しか作られていないといいます。これが何らかの用途に使われる日が来るとしても、おそらく何十年も先のことでしょう。さてその頃、医療や医薬はどのようなものになっているのか、想像してみるのも面白いのではないでしょうか。

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。
『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)が発売中。

ブログ:有機化学美術館・分館

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。著書に「医薬品クライシス」「創薬科学入門」など。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。
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